ぼくはこれまで、Joondalup Hospitalの救急科とSelby Lodgeで精神科の仕事をしてきた。Joondalup Hospital 付近は労働者の住宅が多く、いわゆる一般家庭の患者さんが多い。それに対して、Selby Lodge は老年精神科クリニックということで65歳以上の患者さんにしかケアに当たらない。今回の精神科のローテーションはSir Charles Gairdner Hospital で、病院付近には大学や高級住宅街があり(それと関係しているのか無関係なのかはわからないものが)、これまでの精神科の患者さんと毛色は少し違っていた。
特に、LGBTQIA+を自称する10代の患者さんが多く出会ったような印象を持っている。性的マイノリティであるLGBTQIA+は病気ではないものの、社会的に容認しない人も多いことから、精神的な疾患にかかる割合が多いと言われている。
ぼくがケアに当たった18歳のAさんはバイセクシャルで、自分のことを、 she/her/her/hers/herself や he/his/him/his/himself ではなく、they/their/them/theirs/themselves という言葉で表現するようにと、病院のスタッフに文句を言っていた。この現象はオーストラリアだけでなく、英語圏であれば、LGBTQIA+を自称する人たちの間で当たり前のように広まっているという。Ze (or Zie) /Hir Hir/Hirs/Hirselfという表現も使われているらしいが、オーストラリアでこの表現にはまだお目にかかっていない。
英語を20年以上も勉強してきたぼくにとって、ひとりの個人に対して複数形を意味するthey/their/them/theirs/themselvesを使うことはとても困難な作業だ。しかも、They areではなく、They is というように文法上的誤りを是として使用しなければならない。
この現象を全く知らなかったぼくは、Aさんに「バイセクシャルという2面性が存在するから、they/their/them/theirs という表現を使うの?」と聞いたことがある。Aさんの答えは満足が行くものではなく「周りがそうすることで自己アイデンティティを確立しているから、自分もそうしている」というような返事しか返ってこなかった。正直、本人もあまり分かっているようではなかった。
ぼくにもLGBTQIA+の友人が数人いるが、性的マジョリティの人とは異なる特定の感情を持つことはない。公園でイチャイチャしているカップルがゲイであろうと、お釜・お鍋さんであろうとも、まぁふたりが幸せであればそれが最善、と思うことが多い。まぁ、最初の一瞬はびっくりして二度見して確認するかもしれないけど。
LGBTQIA+に対する社会的態度によって、LGBTQIA+の人が精神疾患を患うことがある。Aさんが精神科に入院していたのは、境界性パーソナリティー障害と躁うつ病を患っていたからだ。Aさんは、向精神薬の服用を拒否したり、自傷行為を繰り返したり、精神科にいる他の患者さんに色仕掛けをかけたりするなど、いろいろ手がかかる患者さんだった。
Aさんの自傷行為はひどいもので、前腕に押し付けたタバコの火傷から指を入れて中の組織を少しずつつまみ出すということを繰り返していた。長年にも渡って行われてきたこの行為は、変な表現ではあるが、「洗練」されてきて、血管や神経にダメージを与えないように行われた。ただ、定期的に感染症を起こすので、その時は入院し、その感染症が治ったら、精神科に入院するという行動パターンを10代の前半から繰り返していた。
自傷行為はこころの傷が体現されたもの、とぼくは理解している。自傷行為がどんなものであれ、その根本的な原因は心にあり方にあるという考え方をぼくは持っている。しかし、医者として、身体的な病気や怪我を精神的なアプローチのみで解決することはない。感染症は抗生物質、傷口はきれいにして縫合し包帯を巻いて感染予防をする。感染症が解決してから、精神医学的なアプローチで治療を試みるのだ。Aさんが自傷行為を繰り返すのは、精神医学的治療を拒否しているからなのか、それとも、精神的な疾患がそうさせるのか、ぼくは今も理解できていない。
出典:Art representing Borderline Personality Disorder by Katie Huggins