これから精神科で
実際に病歴問診を行った
患者さんについて書いていく。
患者さんとのやり取りを紹介することに
目的のようなものはない。
それよりは、
物語を傍観するような形で
ぼくの臨床研修を書いていくことにする。
もちろん、患者さんの描写や病歴は
プライバシーを保護するために
脚色が加えられている。
ただ、エッセンスはできるだけ
加工せずそのままにしてある。
(ケース2:女性B、37歳、失禁と夢とうつ病)
Aさんのカルテに目を通し終わる前に、
次の患者Bさんが
指導医アンドリューと部屋に入ってきた。
Bさんの体は肥満体型(BMI=30ぐらいだろうか)で、
服装は古びたTシャツと
ひざの下ぐらいあるスウェットパンツを着ていた。
化粧はしておらず、
おしゃれに気を使っている
という女性ではないらしい。
Aさんと同じように、
Bさんにも自己紹介をし、
病歴問診をさせてほしいとお願いをした。
Bさんは快くOKしてくれたが、
自分の幼少時代のことは
あまりしゃべりたくない
とだけ付け加えた。
ぼくはもちろんそれに従うと返答した。
Bさんが部屋に入ってドアを閉めると、
アンモニアの臭いが部屋に漂い始めた。
最初のうちは
意識に上らないぐらいの臭いだったのだが、
問診が進むにつれ、
その臭いはぼくの注意力を奪っていった。
糖尿病患者によくあるケトンの香りはしなかった。
Bさんの生まれは、
西オーストラリア州ではなく
ノーザンテリトリー州だった。
Bさんが16歳のときに
パースに家族と引っ越してきたようだ。
お父さんは建築者、
お母さんはシェフだと教えてくれた。
どこの高校に行ったの?
と聞いてみると、
ぼくが知らない土地の名前が付いた学校名が帰ってきた。
Bさんの病歴を聞くと、
この病院にもう20年近くお世話になっている
との事だった。
幼少期に触れないような質問を頭の中で捜していると、
Bさんが突然、昨日の夢の話をしていいかと
少し興奮気味にきいてきた。
夢にはとても大事な意味がこめられている
とぼくは信じているので、
ぜひとも詳しく話してほしいと答えた。
以下Bさんの夢。
私は知らない道の上を歩いていました。
道の上には車は走ってなくて、
両サイドの家が建ち並んでいました。
どこかの住宅街だと思いますが、
私はそこに行ったことはありません。
私は少し歩いて、
ある家の前にたどり着きました。
奇妙なことに、
家のまわりの塀には
鏡が張り巡らせれていました。
家のほうを見てみると、
リビングルームで
人のよさそうな老女が手紙を書いていました。
誰に何の手紙を書いていたのか、
私には分かりません。
私はいつ間にかその家の中にいて、
老女と会話をしていました。
スコーンと煎れてくれたお茶が
とても美味しかったです。
ずっとそこにいたいなと思ったのですが、
他人の家だからもう行かなきゃいけないとも思いました。
私がそう思った瞬間、
私は地下室につうじる階段を降りていました。
地下室はとても暗く、
湿り気で丸々太ったマリファナの植物が栽培されていました。
マリファナ以外にも、
たくさんのマシンガンが壁に立てかけられていました。
ぼくはBさんの夢の話を聞き終わると、
彼女の家族について聞いてみた。
ご両親はこの病院の近くに住んでいますか?
と聞いてみると、
いまはノーザンテリトリー州に戻って
生活をしていると教えてくれた。
お姉さんがひとりいて、
パースで働いているらしかった。
兄弟はいますか?
と聞いてみると、
190人以上はいる
との答えが返ってきた。
こちらの聴き間違いかと思い
再度質問してみると、
190人以上だと
Bさんは言った。
うつむきながら言ったその口元は、
すこしの軽蔑とすこし寂しさが
混じったようなものが浮かんでいた。
夢はときに
その人の精神的成長を促すシンボルを教えてくれる、
とぼくは信じている。
ぼくなりにBさんの夢診断をしてみたが、
これはぼく自身の内省的な世界であり、
ここでの紹介は控える。
また、Bさんの治療に役立てるには、
Bさんについての情報が少なすぎることもある。
友人同士であれば、
色々なことが好き勝手に言えるが、
パブリックな世界に公表するには、
ぼくに責任を負うための自信とスキルが無さすぎる。
夢と精神の関係について興味がある人は、
ジクムンド・フロイト、カール・ユング、秋山さと子、
河合隼雄などの本を読んでみてほしい。
2年生の医学生が出会った精神科の患者さんたち
(ケース1:男性A、45歳、薬物と幻聴と統合失調症)
(ケース2:女性B、37歳、失禁と夢とうつ病)
(ケース3:女性C、47歳、想像妊娠と妄想型統合失調症)
(ケース4:男性D、65歳、怒りと妄想型統合失調症)