これから精神科で
実際に病歴問診を行った
患者さんについて書いていく。
患者さんとのやり取りを紹介することに
目的のようなものはない。
それよりは、
物語を傍観するような形で
ぼくの臨床研修を書いていくことにする。
もちろん、患者さんの描写や病歴は
プライバシーを保護するために
脚色が加えられている。
ただ、エッセンスはできるだけ
加工せずそのままにしてある。
(ケース3:女性C、47歳、想像妊娠と妄想型統合失調症)
頭にティアラをつけたCさんが
部屋に入ってきたのは、
Bさんの問診が終わって2,3分後だった。
左手には、ビニールの買い物袋を持っていた。
自己紹介と病歴問診のお願いを試みるも、
Cさんがぼくの言っていることを
理解しているとは思えなかった。
なぜなら、
まばたきひとつせずに、
開いたドアの向こう側を見るように
ぼくの目を無表情で見つめていたからだ。
正しくは「見つめていた」とはいえないかもしれない。
目は開いていても
その先はCさんの内なる世界が
見えていたのではないかと思う。
ぼくは、
Cさんの買い物袋を手のひらを上にして指差しながら、
今日はどこでショッピングをされたんですか?
と聞いてみた。
Cさんは買い物袋を見ることもせず、
ぼくの目をじっと眺めながら、
ネックレスと指輪そして化粧品を買ったの、
と言った。
そして、
自分の頭の上につけていたティアラを触りながら、
これもそうよ。綺麗でしょ、わたし、と言った。
Cさんの体系は
肥満型で年は50台半ばに見えた。
宝石類が好きなことは分かったが、
容姿に全力投球している感じでもなかった。
数日間も洗っていないだろう
その髪はぼさぼさになって、
いくつかの束を作っていた。
その束の大きさもまちまちで、
ブラッシングしてないことは
一目瞭然だった。
ティアラをもてあそんでいる
その指の爪は、
直角の崖を指だけで登ってきたかのように
ぼろぼろで黒く汚れていた。
Cさんに
いつごろからこの病院に通院しているのか
と聞いてみた。
看護師さんのZさんに出会ってから
と微笑みながら言った。
この微笑みもぼくとの間に交わされたものではなく、
Cさんの頭の中のZさんと交わされたもののように感じられた。
看護師のZさんはどんな人ですか?
と聞いてみると、
わたしの赤ちゃんのお父さん
とCさんは言った。
ぼくは内心ぎょっとしたが、
その心の動きは表に出さずに、
妊娠されてどれぐらいですか
とすぐに質問すると、
Cさんは
2年半とゆっくりと答えた。
ぼくの心の動きが
より不安定になった同時に、
Cさんへの人間性をもっと理解したい
という気持ちもブクブクと湧いてきた瞬間だった。
残念ながら、
病歴問診もあまりできないまま、
Cさんはショッピング帰りで疲れているから
と言って、部屋をよたよた出て行ってしまった。
Cさんのカルテを見ると、
隔離病棟を含め
この病院には30回ほどの入院歴があった。
彼女の生い立ちが書かれていたが、
担当医師の手書きがあまりにも汚くて解読不可能だった。
それでも、薬物中毒の病歴があることだけは分かった。
ブクブク、ブクブク。
2年生の医学生が出会った精神科の患者さんたち
(ケース1:男性A、45歳、薬物と幻聴と統合失調症)
(ケース2:女性B、37歳、失禁と夢とうつ病)
(ケース3:女性C、47歳、想像妊娠と妄想型統合失調症)
(ケース4:男性D、65歳、怒りと妄想型統合失調症)