(1)仕事するときに何が大事かが分かる
福岡に実家があるぼくは、
福島の岳温泉が湧く
あずま館という温泉旅館で
派遣バイトをした。
あずま館は、
団体のお客様の多い旅館で、
ぼくの仕事は会場設営、調理の補助、
食事と飲み物の運搬、宿泊部屋の準備と
お掃除などをこなした。
その他、居酒屋、カラオケホール、
スナックなどのスタッフの仕事もした。
忙しいときは、
1日16時間ぐらい働いたこともある。
あまりにも忙しいときは、
仕事の途中で体温調節ができなくなり、
いやーな汗をかいたこともあった。
誰もいない非常階段の前を
誰かが一緒に階段を登っていくという、
霊体験みたいなこともあった。
体の調子を崩しそうだなと思ったときは、
トイレに隠れてポケットに入れていた本を読んだりして
仕事をサボっていた。
サボったから、
からだも壊さずに長時間働けたのだ。
大切なことは仕事をこなすことであって、
真面目に働くことではない。
仕事をこなすためにサボるのだ。
(2)地元のバイトでは得られない特典がある
あずま館でのバイトには
2つの特典があった。
ひとつ目は、温泉に入れることだ。
特に、長時間の仕事のあとの温泉は、
体と心にしみるのだ。
毎日温泉に入れるなんて幸せだなぁ、
と少年ながらに
降り積もる雪を眺めながら思ったものだ。
ふたつ目の特典は、
キャンセルされた料亭の食事が食べられることだ。
お客さんの都合で
旅館に来れなくなることがある。
そうすると、
旅館で出される旬の食事をゲットできるのだ。
あまり食事に興味が無いぼくでも、
美味しいと思える食べ物を
たくさん食べさせていただいた。
食べ物で思い出したが、
あずま館の仕事がお休みの日に、
仙台付近の漁港で
秋刀魚を食べたことがある。
漁港の漁師さんに火鉢を借りて、
その上で秋刀魚を炭火焼にした。
絶品だった。
油がのっていて、
醤油も何もつけなくても、
そのままですごく美味しい魚だった。
また、食べたいなぁ。
(3)自分だけの時間が出来る
お休みの日に遠出することも会ったが、
ぼくは基本的にブックオフや古本屋で手に入れた中古本を、
近くの公園などでひとり読んでいた。
とても贅沢な時間だった。
本を読む集中力がなくなると、
散歩して野良猫さんたちに挨拶まわりに行った。
(4)いい思い出ができる
今となってはいい思い出だが、
あずま館で働いているときに、
泥棒疑惑をかけらたこともある。
深夜12時を回り、
ぼくはホールにあった座り心地の悪い、
腰掛の無い丸い椅子を動かして、
その下のゴミを拾いながら
掃除をしていた。
お金を清算をしていた
年配の男性スタッフがぼくをレジのほうに呼び、
神妙な面持ちで
「今出すなら許してあげる」と言った。
ぼくは何のことか分からずに、
椅子の下に落ちていた
ピーナッツの入った袋を差し出した。
年配の男性は
「違う。2万円抜き取っただろう!」
と少し声を荒げた。
ぼくは親父の財布からお金を盗んだことはあるが、
他の人からお金を盗んだことは無い。
ぼくは、
手のひらに乗っていたピーナッツ袋を
少し強く握り締め、
「盗んでません」
と言って、掃除を続けた。
ぼくが掃除を終えると、
2万円がレジの隅に追いやられてみつけられなかった、
と年配の男性はぼくに言った。
それ以上男性はぼくに何も言わなかった。
大人に幻滅した瞬間だった。
盗みの疑惑をかけておき、
それが間違っているとわかっても、
謝罪の一言も言えないのだ。
子供に謝れない大人にはなるまい
と強く思った瞬間だ。
(5)その土地のことを知るきっかけができる
2011年、
東北地方太平洋沖地震があったとき
ボランティアをするために
福島にも足を運んだが、
あずま館には行かなかった。
それでも、
高村光太郎の『智恵子抄』で出てきた
ほんとうの空がある安達太良山を見つめながら、
ぼくは福島で働けたことを深く感謝した。