Aさんは過去2か月の間に、病院の整形外科病棟に5回の入退院を繰り返していた。入院の理由は毎回同じで、右肩の腫れ、だった。
80歳のAさんが右肩の腫れに気づいたきっかけは、家で紅茶を飲むために上の棚に乗せていたティーカップを取ろうとしたのに腕が突然上がらなくなったこと、だという。
Aさん曰く、転んだり右肩に怪我を負ったことはないという。もちろん、右肩に手術をしたことも無い。新しい薬を飲み始めたということもない。
右肩の腫れ以外、ほかの症状はなかった。肩に痛みもないし、熱を出したこともない。風邪の症状もないし、便通と排尿に問題はなかった。体のどこにも痛みはなかった。
念のために、性行為のことを聞いたが、ここ数十年はご無沙汰、だという。尿検査に異常はなかった。
ルーティンでおこわなれる血液検査の結果も、炎症マーカーのCRP(C-Reactive Protein)が高いことぐらいで、白血球の値に異常は見られなかった。リウマチ系疾患と自己免疫疾患の血液検査もとくに異常は見られなかった。20年ほど前にインドネシアに滞在していたというので、結核やその他の稀な微生物・ウイルスの検査もしてみたがすべて陰性だった。
右肩のX線検査は、肩の関節に腫れが見られるが、骨に異常はなかった。これは5回の入院を通してすべて同じような結果だった。
これまで、Aさんの肩の腫れの原因は「化膿性関節炎」とされてきた。しかし、過去の入院中に行われた「関節創縁切除と洗浄および骨生検」のサンプルから細菌の存在はいまだ確認されていない。Aさんは最初の診断から長い間抗生物質の治療を受けてきた。だから細菌が今回も確認できなかったという説明も一理ある。しかし、最初の洗浄のときのサンプルは抗生物質を使っていない状態なので、その時に細菌が確認されていないというのは少々おかしな話ではある。(ちなみに、これまでのサンプルから痛風などの結晶性関節炎を示唆するデータは得られていない)
ぼくが研修をしていた整形外科チームも、抗生物質治療を開始した感染症管理チームも、頭の中が「??」でいっぱいになった。化膿性関節炎と同じぐらい重大な病気である「骨髄炎」を見落としているんじゃないか?ということで、ガリウムスキャンをしてみたが結果は陰性だった。
結局、Aさんが乾癬性関節症を下半身に患っているということで、リウマチ科のお医者さんに検査と診断をお願いすることになった。リウマチ科の先生も、最初は「なんでウチが?」という感じだったが、整形外科チームも、感染症管理チームも頭を傾げているのを見て、好奇心が湧いたのか「OK」してくれた。
それ以来、Aさんが右肩を腫らして整形外科病棟に入院してくることはなくなった。