ぼくは、オーストラリアに永住する直前まで、世界最高峰レベルにある理化学研究所・脳科学総合研究センター(以下、理研BSI)でサイエンティストの仕事をしていた。ぼくが仕事をしていたころは、STAP細胞問題が起きる前だったので、比較的平安な状態で仕事をすることができた。
ぼくを含むほとんどの脳科学者は、心・精神といういうものが分子レベルで解明できるという仮説をもっている。この仮説を証明することはまだまだ先のことかもしれないが、いずれそうなるとほとんどの脳科学者は考えながら毎日の研究にいそしんでいる。
ぼくが理研で携わった研究は、3つの論文として成果を出した。
- Genetic dissection of medial habenula-interpeduncular nucleus pathway function in mice. 論文はこちら。
- Netrin-G/NGL complexes encode functional synaptic diversification. 論文はこちら。
- Diversification of behavior and postsynaptic properties by netrin-G presynaptic adhesion family proteins. 論文はこちら。
そして、ぼくが携わっていた研究プロジェクトが4つ目の論文として成果を出した。
4. Molecular Correlate Of Mouse Executive Function. Top-Down And Bottom-Up Information Flows Complementation By Ntng Gene Paralogs. 論文はこちら。
ぼくが理研BSIを去って4年が経つが、なんとも感慨深いものである。頑張って仕事をして、その遺産が論文という成果につながったのだ。自分のやっていたことが、後からでも評価されることはとても嬉しいことである。
今回の論文で一番評価をされるべき人は、元同僚のパベル・プロセルコブさんだ。ぼくが理研BSIで仕事をしていた当時、彼はまだ東大の獣医学科でPhDを取ろうとしていた学生だった。ぼくが行動実験の指導をしていたのだが、彼と戦わせた「心と分子の関係」の議論は、とても白熱したものだった。
彼は研究熱心だけでなく、心優しい人でもある。ぼくが東北沖地震のボランティアに行きませんか?と理研の友人を誘ったときに、唯一賛同してくれた人である。被災者の方は、海外の方がわざわざボランティアに来てくれていると言って、勇気づけられた表情をしていたことを、今でも頭に思い浮かべることができる。
話題が研究からそれてしまったが、今回の論文になったNetrin-Gという分子はとても興味深いもので、「心と分子の関係」の解明に大きなヒントを握っているのではないかと、ぼくは考えている。今は医学の道へと足を進めたが、Netrin-Gに関する論文が出ていないかいつも確認している。もし、この分子に興味がある方は、糸原重美先生にコンタクトされることをお勧めする。糸原先生は、熱心にこの分子の魅力を語ってくれると思う。
出典:Max Planck Institute for the History of Science