76歳の誕生日を迎えたばかりのAさんはベッドの上で泣いていた。
ぼくがAさんに初めて会ったのは、朝の回診の時だ。
インターン医師はふつう、先輩医師と一緒に朝の回診を行う。一般内科の回診の目的は、患者さんの診断の確認、様態の変化の確認、お薬の変更、医療関連専門家の必要性の確認(理学療法士、作業療法士、言語療法士栄養士、社会福祉士)、退院予定の確認、などである。
Aさんが泣いていた原因は、背中の痛みだ。
Aさん曰く、背中が痛み始めたのは3年前で、台所に置いてあったマットで足を滑らせて転倒してからだという。かかりつけの総合医が行ったX線検査によると、老化による骨関節炎が所々にみられるだけで、骨折は無かった。
背中が痛み始めたころは、パナドールやイブプロフェンなどの鎮痛剤を定期的に使って痛みをコントロールしていた。しかし、ここ1年の間に痛みがひどくなり、鎮痛剤も効かなくなっていた。さらに、痛みに加えて、筋肉の硬直が始まり、体が思うように動かなくなっていた。
背中の痛みは、Aさんがジッとしていようが動いていようが、常にあった。夜中に眠っていたとしても、背中の痛みと硬直で突然起こされることがほぼ毎日のようにあった。
Aさんの背中の痛みと硬直の辛さは、「足がつる状態(こむら返り)」が自分の背中に頻繁に起きていることを想像すれば理解しやすいと思う。
出典:ゴロ−@解剖生理イラスト
Aさんがハリウッド私立病院に入院していた理由は、背中の痛みと硬直を治療する Rizhotomy(脊椎椎間関節突起神経根切断術)と呼ばれる神経外科手術を受けるためである。手術の詳しい内容はwikipediaと下の動画をどうぞ。
Rizhotomy(脊椎椎間関節突起神経根切断術)は、動画を見ていただくとわかるように、根本的な治療ではない。治療のおかげで痛みと硬直が緩和されるのは、長くても18か月ぐらいである。
AさんのRizhotomy(脊椎椎間関節突起神経根切断術)は、翌日を予定していた。それまでの待ち時間の間、Aさんの背中の痛みと硬直を緩和する必要があった。
朝の回診中、ぼくは患者さんのお薬リストを見て、先輩医師に「この鎮痛薬とこの鎮痛薬の量を増やして、症状の緩和を試みてもいいですか?」と尋ねた。先輩医師は一言「Why not?」と言った。